スマホ・私語・反抗的な態度…日本語教師が学生を怒らずに 授業を回すには?

みなさんこんにちは!Haniです。

日本語教師として授業をしていると、どうしても避けて通れないのが「学生の授業態度」の問題ですよね。

特に私が教えていたのは、すでに日本に来て2~3年がたった生徒が多く、やけに慣れているというか、モチベーションがほとんどない子が多かったです。

スマホを触る、私語をする、寝る、声をかけても反応しない。注意すると明らかに嫌そうな顔をされたり、「読みたくない」「やりたくない」と普通に拒否されたりすることもあります。(←個人的に初めて目にして衝撃だった)

もちろん全員がそういうわけではありません。むしろ真面目に授業を受けてくれる学生のほうが多いのですが、数人でもこういう学生がいると、まあ〜〜〜〜疲れる。

以前の私は、「教師なんだから、ちゃんと注意しないと」と思っていました。

スマホを触っていたら「スマホをしまってください」、私語をしていたら「今は授業中ですよ」、寝ていたら声をかける。読んでほしいところで「読みたくない」と言われれば、「でも授業だから読んでね」と返す。

それでも聞かなければもう一度。それでもダメなら、少し強めに注意する。……で、授業が終わるころには私がぐったり。ある日ふと、「なんで授業を受ける本人より、私のほうが必死なんだろう?」と思いました。しかも注意したら逆切れされたりしてもうストレスMAX。家に帰っても欝々とする日々が続きました。

そこから私は少しずつ、学生への注意の仕方を変えるようになりました。正確に言うと、「学生を怒って動かそうとすること」をやめました。

何をしても放置するようになったわけではありません。必要なことは伝える。でも、そのたびにこちらの感情まで使うのをやめたんです。

すると学生が急に別人のように真面目になったわけでもないのに、私の授業中のストレスはかなり減りました。

注意すればするほど、なぜか教師のほうが疲れる

以前の私は、授業態度が気になる学生を見つけると、その都度かなり反応していました。

スマホを見ていたら注意する。しばらくしてまた見ていたら、もう一度注意する。それでもやめなければ、「さっきも言いましたよね?」と少し強めに言う。すると当然、こちらもどんどんイライラしてきます。

しかも一度「あの学生、またスマホ見てるな」と気になり始めると、授業中ずっとその学生を監視するような状態になってしまうんですよね。

「また触ってる」「また喋ってる」「今度は寝てる」。気づけば、授業内容よりその学生の行動ばかりが気になっている。そして授業後に、「今日も全然言うこと聞かなかったな……」とぐったりする。

でもよく考えてみれば、学生本人はそこまで消耗していません。スマホを見ている学生より、それを何度も注意している私のほうが疲れている。なんかおかしい。ここでようやく、「注意の回数を増やせば解決するわけではないんだな」と気づきました。

「態度が悪い学生」を直そうとするのをやめた

特に私が疲れていたのが、いわゆる「態度が悪い学生」への対応でした。声をかけても返事をしない。注意すると露骨に嫌そうな顔をする。教科書を開かない。読んでと言っても「読みたくない」。

以前はそういう態度を見るたびに、「その態度はどうなの?」と思っていました。教師に注意されたら返事をするべきだし、授業には参加するべきだし、嫌でも最低限やるべきでしょう、と。

まあ、今でも基本的にはそう思っています。

ただ、それを毎回私が矯正しなければならないかというと、別の話なんですよね。だってもう留学生って、成人なんですよね。未成年じゃないし。「態度を直そう」とすると、学生の表情や返事の仕方、やる気まで全部こちらの管理対象になってしまいます。小学校じゃねー!!と叫びたくなりませんか?

でも、学生が機嫌よく授業を受けるかどうかまで、教師にはコントロールできません。そこで私は、「態度」ではなく「行動」だけを見るようにしました。

嫌そうな顔をしている。はい、どうぞ。今日は勉強したくなさそう。まあ、そんな日もあるでしょう。でも、他の学生の学習を邪魔するほど大声で話しているなら止める。授業で今やるべき課題をやっていないなら、「ここをやります」と伝える。

そこを分けるようにしたら、かなり気持ちが楽になりました。とにかく、自分が許容できるラインを明確にしておくといいです。気分に左右されて怒りまくっていると授業が進まないし自分が壊れてしまいます。

私の場合は、授業を妨害したらNGという超最低ラインに落ち着きました。(それがいいか悪いかは別としてさ!)

注意ではなく「今やること」を伝えるようにした

私が一番変えたのは、注意の言い方です。

以前は、

「スマホをしまってください!!」

「喋らないでください!!」

「ちゃんとやってください!!」

という言い方が多かったのですが、最近はもう全く怒っていません。

たとえばスマホを触っている学生がいたら、隣に行って無言で画面を見つめます。話しかけません。無言で見るんです。そうすると注目が集まり、本人が気恥ずかしくなりやめます。

私語をしている学生には、「今ここでおしゃべりやめられないなら、一回お外でおしゃべりしてから帰ってきてもいいけどどうする?」と一言だけ伝えて選ばせます。そうすると、誰も出て行かず普通に静かになります。

課題をやっていなければ、「ここ、まだ終わってないですね。なにかわからないことある?」と事実だけ確認する。明らかにやらね~ぞ!という態度の場合は、プリントを回収したりします。それか無視。

席を勝手に移動して戻ることを拒否する学生には、笑顔で「じゃあ移動するまで、先生待ってるよ。」とだけ言い、無言で見つめて待ちます。周りの学生の視線も集まり、気まずくなってしまうのでほとんど1分も持たずに自分で移動し始めます。人前で叱らずに、雰囲気も悪くなりません。

まとめると、今はざっくり、こんな感じで対応しています。

  • スマホを見る → 近くに行って気づかせる
  • 私語が続く → 外で話すか、授業に戻るか選んでもらう
  • 課題をやらない → 分からないことがあるか確認する
  • 勝手に席を移動する → 戻るまで待つ
  • 音読を拒否する → 無理に押し問答せず次へ進む
  • 名前を呼んでも反応しない → 反応があるまで少し待つ

こうして見ると、以前より「怒ってやめさせる」よりも、本人に気づかせる・選ばせる・必要以上に追いかけないという対応が増えました。

これだけでも、私の中ではかなり違いました。「注意して言うことを聞かせる」のではなく、教師として必要なことは伝えつつ、必要以上に感情を使わないという感覚です。感覚です。

「怒らない=何も言わない」ではない

ここはちょっと大事なのですが、私は「授業中は学生が何をしていても自由でいい」と思っているわけではありません。それをやったら普通に授業崩壊します。

他の学生の邪魔になるほど騒ぐ、危険な行為をする、誰かを傷つけるなど、止めなければならないことは当然止めます。授業のルールについても必要なことは伝えます。

ただ、そこに怒りまでセットにしなくていいと思うようになりました。以前の私は「注意する=少し怒って伝える」みたいな感覚があったのですが、考えてみれば別物なんですよね。

必要なことだけ伝える。こちらが感情的にならないほうが、かえって学生も『これは本気で言ってるな』と察してくれることがあります。それで十分な場面って、実はかなり多いです。もはや心理戦やんけ。

音読を拒否されたら、もう押し問答をしない

これは私の授業で実際にあったことなのですが、音読をお願いしたときに「読みたくない」と拒否されることがあります。最初の頃はかなり驚きました。

学校の授業で先生に当てられて、「読みたくないです」と普通に断るという発想が私にはなかったので、「え、拒否という選択肢あるんだ!?」という感じでした。

以前なら、

「練習だから読みましょう」

「みんな読んでいますよ」

と、なんとか参加させようとしていたと思います。

でもこれも、押し問答をするとものすごく疲れます。今は「へ~、今日は読まないんですね。じゃあ次の人」と進めることもあります。

もちろん、なぜ参加しないのか、そもそも読めなくて困っているのかなどを見る必要はあります。でも、単純に「やりたくない」という場合まで、授業中に私が全力で説得する必要はない。

一人の学生との押し問答で5分使うより、授業を続けたほうが他の学生のためになる場合もあります。ただ留学生って、アルバイトで疲れていたり、日常で嫌なことがあった場合もこのような態度をとることがあるので意外と次の授業ではニコニコしてたりしますね。

学生のやる気まで教師が背負わなくていい

授業をしていると、「自分の授業がつまらないから寝るのかな」「もっと面白い授業にしないとスマホを見るのかな」と考えることもあります。もちろん教師として、分かりやすい授業を作ったり、学生が参加しやすい活動を考えたりする努力は必要です。

私もKahootを使ったり、実在する広告を教材にしたり、できるだけ学生が参加しやすい授業になるよう試行錯誤しています。でも、それと「全員をやる気にさせる」は別です。

多分この記事にたどり着いた先生の皆さんは、自分を責めてしまったり、自信を失くしていませんか?でもこれはゆるぎない事実として、どれだけ工夫しても、その日は疲れている学生もいるし、勉強する気がない学生もいる。ということは知ってほしいです。

そもそも本人が日本語を勉強したくて学校に来ているとは限りません。そこまで全部、「私の授業力が足りないからだ」と背負っていたら、教師側がもたない。

私は最近、教師としてできることと、学生本人にしかできないことを分けるようにしています。

分かりやすく説明する。授業を準備する。質問しやすい雰囲気を作る。必要なルールを伝える。困っている学生がいれば助ける。

ここまでは私の仕事。でも、その授業をどう受けるか、最終的に勉強するかどうかは学生本人の選択です。

怒るのをやめても、学生が急に変わったわけではない

ここまで読むと、「じゃあ注意をやめたら学生が真面目になったんですね!」と思われるかもしれません。残念ながら、全然そんなことはありません。笑

スマホを見る人は見ます。寝る人は寝ます。やらない人はやらない。今日も自由です。でも、私のストレスは確実に減りました。ストレスレベルが90くらいあったのがいまは20くらいです。かなり快適です。

以前なら、スマホを触っている学生を見るたびに「またか……」とイライラしていました。今は必要なことを伝えて、それ以上は必要以上に追いかけない。結果として、自分の授業に集中できるようになりました。

学生をコントロールしようとするのをやめただけで、こんなに楽になるんだなと思います。授業は手を抜かないけど、学生指導は私の主な仕事ではないし、と割り切ることも大事です。

日本語教師が疲れないためにも「感情を使わない注意」は大事かもしれない

この日本語教師の仕事を続けていて思ったのですが、授業をするだけでもかなりエネルギーを使います。分かりやすい日本語に言い換えて、学生の反応を見て、時間を調整して、理解できているか確認して。

そのうえ毎回、「スマホやめて!」「喋らないで!」「起きて!」と全力で注意していたら、そりゃ疲れる。っていうか普通に病みます。

私は以前、「ちゃんと注意できる先生=いい先生」みたいな感覚がどこかにありました。でも最近は、必要なことを淡々と伝えて、授業を進められる先生のほうが強いんじゃないかと思っています。いい意味で低空飛行。

学生を怒って動かすのではなく、やるべきことを明確にする。態度ではなく行動を見る。そして、自分にはコントロールできないところまで背負わない。これを意識するようになってから、授業中のストレスがかなり減りました。

もし今、学生のスマホや私語、反抗的な態度に毎日イライラしている日本語教師の方がいたら、「注意しないと」と頑張りすぎなくてもいいのかもしれません。

教師が穏やかに授業を続けられることも、授業を成立させるためにはかなり大事です。私もまだまだ試行錯誤中ですが、少なくとも以前のように、授業が終わるたびに学生との攻防戦でぐったりすることは減りました。

今日も自由な学生たちと、ほどほどに戦わず、授業をやっていこうと思います✌

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I’m Hani

海外の英語学校で数年間勤務したのち、九州へ移住。出産をきっかけに働き方を見直し、現在は日本語教師として働きながら、通信制大学で中学校英語の教員免許取得を目指しています。

国際結婚で2児の母。教材制作、KDP出版、ブログ運営にも挑戦中。

国際結婚、子育て、学び直し、教育、働き方、旅や暮らしについて、実体験をもとに発信しています。三度の飯よりカフェが好き。

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